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宇都宮地方裁判所栃木支部 平成5年(ワ)83号 判決

栃木県〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

桜井健夫

鈴木俊美

高田昌男

大阪市〈以下省略〉

被告

明光証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

石岡忠治

主文

一  被告は、原告に対し、金二三万三六五四円及びこれに対する平成四年五月二九日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、本田技研工業株式会社の株券二〇〇〇株を引き渡せ。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(一〇月手仕舞い-主位的請求)

一  被告は、原告に対し、金六九万八二七六円及びこれに対する平成三年一〇月八日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二1(主たる請求)

被告は、原告に対し、本田技研工業株式会社の株券三〇〇〇株を引き渡せ。

2(予備的請求)

被告は、原告に対し、金四五三万円及びこれに対する平成四年五月二五日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

(一一月手仕舞い-予備的請求)

一  主文一項と同旨

二1(主たる請求)

主文二項と同旨

2(予備的請求)

被告は、原告に対し、金三〇二万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、大正一一年生まれであり、被告は有価証券売買の取次等を目的とする会社である。原告と被告栃木支店(平成三年当時の担当者B、以下「B」という。)とは数十年来取引関係にあり、信用取引を継続してきた。

2  原告は、平成元年二月三日被告に対し、本田技研工業の株(以下「本件株」という。)五〇〇〇株を寄託し、信用取引の保証金の代用としたが、右信用取引により原告が購入して被告に寄託しておいた学習研究社の株一万株(以下「学研株」という。)について、平成三年一〇月一日に六か月の信用取引期限がきた。この六か月間に学研株は大幅に値下がりし、六〇〇万円を越える損害がでることとなった。

原告は、右取引期限到来時に、学研株一万株の売却と同時に同株の同量を買い付けるクロスと称する取引を行った。

3  Bは、原告に対し、同月二日、学研株が一二〇〇円を付けたことを電話連絡した。

4  原告は、Bに対し、「損のないところで売りたい。」あるいは「売ってくれ。」と言ったことがある。

5  原告は、被告栃木支店に対し、同年一一月二一日午前一一時ころ、学研株の売注文を出してあるのに取次をしなかったと抗議し、本件株の返還を請求した。

6  被告は、クロス後の学研株について、六か月の信用取引期間経過後による最終決済の結果、信用損金が三七九万七五九四円発生したとして、平成四年五月二五日、本件株のうち三〇〇〇株を一株一五一〇円、合計四五三万円で売却した。

二  争いのない主張(損害の計算方法)

仮に原告主張の債務不履行があったとすれば、学研株の売却によって原告に発生した損害は次のとおりである。

1  一〇月手仕舞い

(一) Bが原告の注文を取次いでいれば、平成三年一〇月二日午前中の一二〇〇円を付けたとき以降の価格(一二〇〇円を割ってはいない。)または後場の寄り付き価格一二一〇円で学研株を売却できたはずであるから、少なくとも一二〇〇円で売却できたものである。そうすると、学研株の売却代金一二〇〇万円から手数料九万四〇〇〇円、消費税二八二〇円、取引税三万六〇〇〇円、源泉税一七万四五六八円を差し引いた一一六九万二六一二円から、同株の購入代金一〇九〇円に手数料八万七六七五円、消費税二六三〇円及び日歩四〇三一円を加えた一〇九九万四三三六円を差し引いた六九万八二七六円が売却による純利益であり、注文の日を初日とした四営業日と土曜日曜と挟んだ同年一〇月七日に受け渡しを得られたものである。

(二) そうであるならば、平成四年五月二五日の本件株のうち三〇〇〇株の売買は全く不要のもので原告に無断でなされたものであるから、その効果は原告に及ばず、原告は三〇〇〇株の返還請求権を有するが、仮に効果が及ぶとすると、右同日株の返還債務は履行不能になったもので、売却代金の四五三万円が損害となる。

2  一一月手仕舞い

(一) 被告は、遅くとも平成三年一一月二一日の後場で手仕舞いをし、その価格一〇〇〇円で学研株を売却できたことになる。そうすると、学研株の購入代金一〇九〇円に手数料八万七六七五円、消費税二六三〇円及び日歩一二万九三九五円を加えた一一一一万九七〇〇円と、同株の売却代金一〇〇〇万円から手数料八万二五〇〇円、消費税二四七五円、取引税三万円を差し引いた九八八万五〇二五円との差額一二三万四六七五円が売却による差損であり、注文の日を初日とした四営業日と土曜日曜を挟んだ同年一一月二六日に受け渡しをすべきものである。

(二) 本件株の売却代金をもって、右差損金に同年一一月二七日から平成四年五月二八日(受渡日)までの一八三日の商事法定利率による金利を加えた一二七万一八一六円に充当するとしても、本件株のうち一〇〇〇株の売却代金一五一万円から取引税四五三〇円を差し引いた一五〇万五四七〇円をもってすれば十分であったはずである。そうであるならば、それを越える二〇〇〇株の売却は根拠のない無断売買であるから、その効果は原告に及ばず、原告は二〇〇〇株の返還請求権を有するが、仮に効果が及ぶとすると、右同日株の返還債務は履行不能になったもので、売却代金の三〇二万円が損害となる。

また、一〇〇〇株の売却代金残額一五〇万五四七〇円と差損金計一二七万一八一六円との差額二三万三六五四円は被告の不当利得となる。

三  争点

1  原告の平成三年一〇月二日の売却指示の有無

2  原告の平成三年一一月二一日の売却指示の有無

四  争点についての原告の主張

1  争点1について

(一) 原告は、平成三年一〇月一日に学研株を売却したら信用取引から手を引きたいと思い、その旨をBに告げた。

(二) 原告は、クロス取引をもともと望んでいなかったため、クロス後の学研株一万株を信用で取引している状態を早く解消したかった。同年一〇月二日午前中、Bより学研株が一二〇〇円を付けたとの電話連絡があったため、原告は同株一万株をすべて成り行きで売却するように指示した。

(三) Bは、右指示に反して学研株の売却を進めず放置し、その結果、被告は争いのない事実3記載のとおり売却した(債務不履行)。

2  争点2について

平成三年一〇月二日に売却指示がなされなかったとしても、原告は、同年一一月二一日に午前一一時ころ、被告栃木支店長C(以下「C」という。)に対し、電話で、学研株は売却したものであるから本件株券を返還し、手仕舞いをするよう要求した。

五  争点1についての被告の主張

(一)  原告主張の日に売却指示はない。

原告は、Bに対し、平成三年一〇月二一日ころ、損のないところで売りたいと言ったり、いいところという注文をしたりしたが、これは、東京証券取引所の受託契約準則第二章四条に、証券会社への注文は売買の値段の限度、売付けを行う売買立会時、委託注文の有効期間等を具体的に指示しなくてはならない、と定められていることに反し、特定された注文ではない。

仮に売注文であるとしても、同年一〇月二二日以降、損失の出ない一一三〇円以上の値段はついておらず、結局執行できずに終わったものである。

(二)  被告は、取引の都度顧客宛に「取引報告書」を送付して売買の内容を確認し、また信用取引の顧客に対しては、毎月一回「信用取引建玉残高ご通知」(以下「通知書」という。)という書面を送付しており、一〇月分の通知書(一〇月九日現在で印刷)には学研株一万株が計上されていた。

(三)  原告が被告に対し、学研株一万株の売注文を出したといってきたのは、同年一一月二一日が最初である。

(四)  同年一〇月九日約定、同月一五日受渡しの現物株の売却の際にも、学研株についての話は無かった。

(五)  原告は、本件についての証拠保全決定申立て(当庁平成五年(モ)第四五号、平成五年三月三日申立て)までは、平成三年一〇月二一日に売注文を出したと主張していたが、右申立てに当たって突如同月二日に変更しているものである。

第二争点に対する判断

一  争点1について

1  原告の供述中には原告の主張に副う部分があるが、以下の点から信用できず、他に原告の主張を裏付ける証拠はない。

(一) 原告は、平成三年一〇月二日及び四日の二回(いずれも売って損をしない価格のときである。)のみ売却を指示し、以降は学研株についての責任は負わないと通告して同株のことは言わなかったと供述するが、他方クロス取引に関して、(していないと)言っても証券会社には通らないとも供述しており、長年の取引経験から、証券会社に対しては曖昧な態度では自己の責任は免れないとの認識をもっていたと認められ、単に学研株は関知しないといっても容れられない主張であることは承知していたものというべきである。また、原告は、先の学研株の信用取引において信用損が発生し、もう損をしたくないという気持ちが強かった、損をしない程度の価格で処分したかったと供述するのであるから、そうであれば、売注文が実行されるまで重大な関心を払うはずである。さらに、被告は、信用取引の顧客に対しては、毎月一回「信用取引建玉残高ご通知」という「通知書」を送付しているが、一〇月分の通知書は同月九日現在のものを同月一一日に印刷し一四日に発送してあり、これには学研株一万株が計上されている(乙第一九号証、証人B)。そうすると、原告がBあるいは被告栃木支店の他の者に対し、同年一〇月四日以降一一月二一日まで学研株について何も言わなかったのは不自然であるといわざるをえない。

(二) しかも、原告は、一〇月一日の信用取引決済の結果生じた損失を被告に支払わねばならなかったが、同月八日、Bと相談の上、松下電器産業株を売却することとしたので、Bは同月九日原告に電話で確認して約定し、同月一一日に原告方において右株の受渡しを同月一五日にする旨連絡して、右同日、清算残金約八六万円を渡して松下電器産業株の受渡しを完了した(乙第六号証の二、証人B)が、このように売注文を出したと主張する日に接着したときに何度も顔を合わせ、金銭の授受までしているのに、原告からは学研株について売却した場合の利益の有無・清算方法等の話は何も出ていないのである。

(三) 原告は、同年一一月二一日、被告栃木支店長Cに対し、学研株は一〇月二一日に売ってあるはずだと言い(乙第二〇号証、証人C)、平成四年四月三〇日に、原告、C、被告取締役三谷及び同営業考査室長Dと面談した際、並びに同年七月一三日、被告の東京本社で、原告、弟、C及びDが面談した際にも、平成三年一〇月二一日に「そこら辺で売ってくれ。」、翌二二日に「損のないところで売ってくれ。」と伝えたと言っていたものであるが(乙第七、第八号証、証人C)、その後、平成五年三月三日、本件についての証拠保全の申立てをした際、平成三年一〇月二日に売注文を出したことを初めて主張する(乙第三号証、第七、第八号証、証人C、同B)に至っており、発言の内容に変遷がある。

2  なお、原告が、平成三年一〇月二二日に「損のないところで売ってくれ。」と言ったこと及び「いいところで(売ってくれ)」と言ったことは、具体的な指し値ではないが、下限を区切っているもので、学研株について時価と購入価格を対照して損をしないときに売りたいという意思表示であり、特定性を有するものと認められる。しかし、本件学研株の損益分岐点は一一三〇円であるところ、右同日、学習研究社の業績が悪化したとの新聞報道があって値下がりし、以降一一三〇円以上の値段はついておらず、結局売却できなかった(乙第一一号証、第一三号証、証人B)。

二  争点2について

平成三年一一月二一日に原告が手仕舞いの意思表示をしたか否かは明らかではなく、また、前記認定のとおり、原告とB・Cらの交渉は、右同日より過去の時点における売注文の有無が中心であった。

しかし、原告は、Bからほぼ毎日株価の連絡を受けていた(証人B)から、同年一〇月二二日以降学研株がやや安値で推移していることを知っていたものと推認でき、原告が損害の拡大を恐れていたことも前記認定のとおりである。そうすると、原告が一一月二一日に、学研株はそれ以前に売ってあり信用取引は終了したものであるとして本件株の返還を要求したとき、原告としては、損をしない価格時点においてすでに売注文を出していたつもりであるから、売注文が取次がれていれば、決済の結果本件株の返還が全部可能であるので、最大限として本件株の返還を要求していたものということができ、仮に右売注文が立たない場合には信用取引を継続しようという意図はなく、すみやかに信用取引を終了させたいという手仕舞いの意思表示があったものとみるべきである。

なお、同日の学研株価は、寄り付き一〇二〇円、終わり値一〇〇〇円であった(乙第一六号証)。

三  原告の損害

前項の手仕舞いに従うと、争いのない主張2(一)記載のとおりの売却による差損が生じるから、同2(二)記載のとおり右売却差損に充当するには、本件株のうち一〇〇〇株を売却すれば十分であったことになり、それを越える二〇〇〇株の売却は根拠のない無断売買であって原告へは売却の効果は及ばず、その返還を請求できるものである。

また、売却代金残額一五〇万五四七〇円と差損金計一二七万一八一六円との差額二三万三六五四円は被告の不当利得となる。

四  以上のとおり、原告の予備的請求は理由がある。

(裁判官 木本洋子)

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